運営者情報

りょう

はじめまして!このブログを運営しているりょうです。

このページでは、運営者の情報と、その生い立ちについて、ありのままを紹介していきたいと思います。

プロフィール

りょう

イラストはジョンソンともゆき(@tomo_yuki2525)さんに書いてもらいました。

  • 出身地:埼玉県
  • 年齢:20代
  • 趣味:キャンプ、ガジェット、モータースポーツ、筋トレ、ブログ
  • 資格:作業療法士

現在は急性期病院で作業療法士をしています。未診断ですがADHDを持っており、生き方に苦労していましたが、現在の仕事に辿りつきました。

衝動性・多動性をフルに発揮していた子ども時代

ADHDは子ども時代から発揮しており、親と一緒に公園にいったら、親が見てない隙に知らないお姉さんと仲良くなっていたり、噴水などの水がある所へ飛び込んでいったりなど、手のかかる子どもでした。

3歳の頃までは、衝動性と多動性がある事から、療育にて発達のフォローアップをしていたそうです。

父は仕事人間で、自分の発達特性について理解し難い所もあったようです。父の家族も

  • 子どもはみんなそんなもんだ
  • ウチの子に障害なんてあるわけないわよ

など、否定的な意見があり、子どもの本質をみてくれようとはしてくれませんでした。

しかし、そんな中で母だけは見方をしてくれました。乳幼児検診で発達の遅れに気づき、いろんな書籍などを読み漁ってくれました。

自分の存在を理解してくれる母がいたから、今の自分がいると言っても過言じゃないほど、理解者って大切だと思います。

これといって覚えていない小学時代

タイトルからして、小学時代の思い出が少ないのではないかと思われると思いますが、覚えていないのは、その時代に流行ったテレビ番組や漫画など、同世代ならみんなが知っているような流行を知らないという意味です。

子どもの時に友達とフリスビーをしたり、学校が終わった後に友達の家に遊びにいったりした事は覚えているのですが、流行はまったく思い出す事ができません。むしろ興味・関心がなかったのではないかと思います。

小学時代の流行に乗れなかった事で、現在でも同世代と話す時、話題になっても話に乗れない事に辛いと感じる事もあります。発達障害があるということに劣等感を感じてしまう出来事でもあったと思います。

孤立を感じた中学時代

中学校の選択では、大きな決断を迫られました。1学年6クラスもある中学か、多くても1学年2クラスしかいない中学かの選択でした。

私は迷わず、1学年2クラスしかいない中学を選びました。理由としては、母が自分の発達特性を考慮した事と、大人数がいる中学では、学びも遅れてしまう事を予想してのことでした。

しかし、そこの中学校は近隣の小学校から上がってきている人が多く、私は1人アウェイな感じでした。

待ち受けていたのは、周りからずれているという事でいじめにあいました

物を隠されたり、先輩からパシリをさせられたりなど、ただただ耐える日々を過ごしていました。

そこで感じたのが「孤立感」です。元々一人っ子である私ですが、一人で考えて行動するということを強く意識したのは、中学時代からだったと思います。

天職である作業療法士になるきっかけとなった高校時代

集団で行動する事を嫌った中学時代の経験が、大きく生きることとなった高校時代。

元々多動性という性質があり、勉強も苦手であった私は、市立だと偏差値40程度の学校しか入学する事ができませんでした。

そのため、私学への入学をして、学校の成績をあげて指定校推薦で大学に行けるという道を歩みました。

結果としては正解で、私学だからこそ、在学生活でのサポートは手厚く、進路についても医療系に詳しい教師に巡り会えたからこそ、現在の仕事につくことができました。

多動性・衝動性が発動しまくった、大学時代

大学時代は作業療法士の育成校に通っていました。やはり成績は振るわず、勉強できない子というレッテルは張られていました。

それでも、作業療法士という職業の特徴として、障害を持っていても社会で生活できるように支援するという理念があります。

そのような特徴に恵まれたからか、成績はギリギリでも、なんとか先生や同期に救われ、無事免許を持って卒業することができました。

タイトルにある多動性・衝動性についての影響ですが、同期で興味や趣味のために率先して行動する子がいました。

その子の影響で、サーキット観戦にいったり、キャンプやスノボが趣味になり、自分から行動していく力がますます身に付いたように感じます。

そして現在

現在は3年目となり作業療法士をしています。昨今の風潮では、高齢者がこれからどんどん増えおり、少子高齢化が進んできています。

少子高齢化により、医療費はどんどん減少してきています。もう作業療法士の仕事だけでは、将来性もなく、職域も守ることができないと感じ始めました。

まだ、3年目という若手ではありますが、現在の知識を生かしつつ、誰かの為にやくにたつには、まずは発信する力を身に着ける必要があると感じました。

そのため、作業療法士として働きつつ、現在はWEBライティングを学び続けている日々を過ごしています。

このブログを通して、自分と同じように困っている状況であったり、それを支える親や家族が少しでも楽になればいいなって思い、自分の興味を持った範囲で紹介していこうと思い、立ち上げました。